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大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)3852号 判決 1955年6月16日

原告 札野茂次 外四名

被告 槇田己之助 外一名

主文

被告槇田、同石川は、原告等に対し、別紙目録<省略>記載の店舗を明渡せ。

被告槇田、同石川は各自昭和二七年一一月一日以降前項の店舗明渡済に至る迄一カ月金一、二〇〇円の割合による金員を支払え。

原告等の其の余の請求を棄却する。

訴訟費用は、全部被告等の負担とする。

此の判決は、原告において、被告石川に対し、金三〇、〇〇〇円、被告槇田に対し金一〇、〇〇〇円の担保を供するときは、勝訴部分に限り仮に執行することが出来る。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告槇田、同石川は、別紙目録記載の店舗を原告等に明渡して退去せよ。被告両人は、連帯して昭和二七年一〇月一日以降右店舗明渡済に至る迄一カ月金二、〇〇〇円の割合による損害金を原告等に支払え。訴訟費用は、被告等の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、其の請求原因として、「本件店舗は、元訴外亡札野茂三郎の所有であつたが、同人は、昭和二八年五月二五日死亡し、原告等が其の相続をし、本件店舗の所有権を取得した。原告茂次は、亡茂三郎の生前から本件店舗を管理して居り、昭和二〇年一〇月頃本件店舗を賃料一カ月金八〇〇円、期間の定めなく、倉庫として使用するとの約定で被告槇田に賃貸し、茂三郎死亡後も従前に引続いて本件店舗の管理をしている。昭和二七年一〇月頃被告槇田は、原告の承諾を得ないで本件店舗を被告石川に転貸し、被告石川は、本件店舗を不法に占拠するに至つた。そこで、原告茂次は、昭和二七年一〇月頃被告槇田に対し、本件店舗の右無断転貸を理由に本件賃貸借契約を解除する旨口頭による意思表示を為したから、之に因り本件賃貸借契約は解除されたから、被告槇田は、原告等に本件店舗の明渡及び解除後の賃料相当の損害金の支払を為すべき義務があるに拘らず、同被告は本件店舗の明渡は勿論賃料相当額の損害金の支払をもなさない。そして、賃料については、本件店舗は、地代家賃統制令の適用外であり、昭和二七年一〇月一日当時の相当賃料は、一カ月金五、〇〇〇円である(尚原告茂次は、本件店舗に対する諸税公課も増額せられて店舗の維持費が増加したので、昭和二七年一〇月一日被告槇田に対し一カ月金二、〇〇〇円に値上する旨申入れたところ、同人はこれを承諾した。)。そこで、原告等は、被告槇田に対し、無断転貸による契約解除を理由に、被告石川に対し、本件店舗の不法占拠を理由に所有権に基き本件店舗の明渡を求めると共に、昭和二七年一〇月一日以降明渡済に至る迄一カ月の相当賃料である金五、〇〇〇円の範囲内である一カ月金二、〇〇〇円の割合による損害金(被告槇田に対し、明渡義務不履行に因る損害金、被告石川に対し、不法占拠による損害金)の支払を求めるため本訴に及ぶ次第である。仮に、前記契約解除が認められないとしても、原告茂次は、昭和二九年七月一四日到達の内容証明郵便を以つて、被告槇田に対し、前記転貸を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示を為したから、之に因り本件賃貸借は解除されたから、之を理由として被告槇田に対し、本件店舗の明渡を求める。」と陳述した。<立証省略>

被告槇田は、「原告等の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、「原告等主張の請求原因事実は、賃料の額が、一カ月金二、〇〇〇円であることを除き全部之を認める。被告槇田は、昭和二八年九月頃迄一カ月金八〇〇円づつの賃料を支払つていたが、其の後一カ月金五、〇〇〇円に値上を要求されたため、其の後は支払つていない。」と述べた。

被告石川は、「原告等の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、「原告等の主張事実中被告石川が、昭和二七年四月一八日から本件家屋を占有使用し、現在の如く理容室に改造して理髪業を営んでいることは、之を認める。被告石川は、訴外中谷亘の仲介により被告槇田から本件店舗を転借していた訴外門田愛子に権利金二五〇、〇〇〇円を支払つて転借権を譲受け、被告槇田から賃料一カ月金八〇〇円で転借し、現在の理容室に改造して使用し、爾後賃料を毎月被告槇田の許迄持参して支払つていたが、同年一〇月頃原告茂次は、被告槇田を通じ不法にも賃料を一カ月金五、〇〇〇円に値上げを要求して来た。然し、右賃料の値上げは、余りにも不当であつたので、被告石川は、統制額の範囲内の正当な家賃である一カ月金一、二〇〇円の割合による金員を大阪法務局に供託して今日に至つている。原告茂次は、被告石川が、昭和二七年四月一八日より同年一〇月に値上を要求される迄、本件店舗を被告槇田より転借し、理髪業を経営していることを知りながら、賃料一カ月金八〇〇円づつを被告槇田を通じ受取つていたのであるから、被告石川が本件店舗を使用するについて黙示の承諾を為したものと認むべきであつて、被告石川は、不法に本件店舗を占有しているものではないから、原告等の本件請求は失当である。」と述べた。<立証省略>

理由

被告槇田に対する原告等主張の請求原因事実は、昭和二七年一〇月一日当時の賃料が、一カ月金二、〇〇〇円である点を除き全部同被告の認めるところである。そうすると、本件店舗に対する原告茂次(本件店舗の共有者の一人にして管理人)と被告槇田間の賃貸借契約は、昭和二七年一〇月中解除されたものと謂うべく、従つて、被告槇田は、原告等に対し、本件店舗の明渡を為す義務があることは明らかであるから、原告等が同被告に対し、本件店舗の明渡を求める請求は正当として、之を認容する。

原告等の先代亡札野茂三郎が元本件家屋を所有していたところ、昭和二八年五月二五日死亡し、原告等が共同相続を為し、本件店舗の所有権を取得したことは、被告石川に於いて明らかに争わないところであるから、之を自白したものと看做す。そして、被告石川が昭和二七年四月一八日頃から本件店舗を占有して理髪店として使用していることは同被告の認めるところである。証人中谷亘の証言により真正に成立したと認められる乙第一、二号証、証人中谷亘の証言によれば、本件店舗は、昭和二六年三月一〇日から被告槇田より訴外門田豊子に転貸されていたが、其の後昭和二七年四月一八日被告槇田は被告石川に転貸したことが認められる。しかし、被告槇田が、被告石川に本件店舗を転貸するについて賃貸人たる原告茂次の承諾を得たことを認めるに足る証拠はなく、却つて、被告槇田は、原告に無断で被告石川に転貸したことを認めて居るのであるから、被告石川は、右転借を以つて、原告茂次及びその他の原告等に対抗し得ないものと謂わなければならない。被告石川は、同被告が、本件店舗を被告槇田より転借し、理髪店を経営していることを知り乍ら原告茂次は、昭和二七年一〇月迄被告槇田を通じて一カ月金八〇〇円の賃料を受領していたから、右転貸については、黙示の承諾があつたと抗弁するが、転貸について黙示の承諾があつたと認め得る為には、賃貸人が、単に転貸の事実を知つて之を看過した事実があるのみでは足らず、賃貸人が転貸の事実を知つて居り、且つ、転借人から賃料を直接受領するとか、転借人に対し賃料の支払を直接請求したり、又は賃料の値上を請求するとか、転借を承諾を与えたと認められる何等かの行為があることを要するものと解するを相当とするところ、本件に於いては、右事実に該当する事実を認めるに足る証拠はない(被告石川が、賃料を被告槇田に直接支払つて居たことは、同被告の認めるところである)から、右転貸借につき原告茂次の暗黙の承諾があつた旨の被告の抗弁を採用することができない。そうすると、被告石川は、本件店舗の所有者である原告等に対抗し得る何等の権原なく本件店舗を占拠していることは明かであるから、原告等に対し、本件店舗を明渡す義務がある。従つて、原告等が、被告石川に対し、本件店舗の明渡を求める請求は正当であるから之を認容する。

次に、原告等の本件店舗の損害金の支払を求める請求について判断する。本件賃貸借契約は、昭和二七年一〇月中に解除され、被告槇田が、本件店舗の明渡義務を負担して居るのに、之の明渡を為さないこと、被告石川が、昭和二七年四月一八日以降本件店舗を原告等に対抗し得る権原なく占有していることは、既に認定したとおりであるから、被告槇田は、明渡義務不履行に因り、被告石川は、不法占拠に因り原告等に対し、賃料相当の損害を被らしめて居るものと認めるを相当とする。しかし、本件賃貸借契約の解除がなされたのは、昭和二七年一〇月中であることは前記のとおりであるが、その日は、原告等の主張立証しないところであるから、之を確定することができない。しかし、右契約解除は、昭和二七年一〇月中に為されたのであるから、少くとも、原告等の被告槇田に対する損害金の支払を求める請求は、同年一一月一日以降本件店舗明渡済に至る迄賃料相当の損害金の支払を求める限度に於いて正当であると認むべきである。又被告石川は、同年四月一八日から本件店舗を不法に占有しているのであるから、原告等の本件店舗に対する所有権を侵害していることとなるが、本件賃貸借契約が解除される迄は、原告等は、被告槇田に対し賃料の支払を求めることができるから、同被告が無資力その他の事由で賃料の支払を求めることができない場合の外は損害を被ることはないものと解すべく(勿論賃料額相当以外の損害は格別であるが)、本件に於いては、右の如き事情を認めることができないから、契約解除の日迄は賃料相当の損害金の支払を求めることはできないものと謂わなければならない。しかし、本件賃貸借契約は、昭和二七年一〇月中に解除されたことは、前記のとおりであるから、被告石川は、少くとも、同年一一月一日以降本件店舗明渡済に至る迄賃料相当の損害金の支払を為す義務があることは明らかである。原告は、本件店舗は、地代家賃統制令の適用外の店舗であり賃料は、一カ月金五、〇〇〇円を以つて相当とするが、本訴では一カ月金二、〇〇〇円の割合による損害金を請求すると主張し、被告石川は、本件店舗は、地代家賃統制令の適用を受けるから、賃料は一カ月金一、二〇〇円が相当である旨主張するので、この点につき判断する。もともと本件店舗が被告槇田に賃貸されるに際して、倉庫として使用する目的のため賃貸することを約定したことは、原告等と被告槇田間に争いがなく、被告石川は、本件店舗を理髪店のみに使用していることは、同被告の認めているところであるから、本件店舗は、地代家賃統制令第二三条第二項第三号により前記契約解除当時は、地代家賃統制令の適用を受けないものということが出来る。仮りに、被告石川の主張が、被告槇田及び被告石川が、本件店舗の内部構造を改造して其の一部に人が住める様にしたから併用住宅として同令第二三条第二項本文但書により、同令の適用があるというのであつても、当初本件店舗が倉庫として使用する目的で賃貸された以上、同令の適用を受けないのである。蓋し同令が地代及び家賃を統制して国民生活の安定を図るために制定された立法趣旨からして、一般に居住のみのためにする借家の賃料については現在の住宅事情、並に当事者の経済力の相違等から当事者間の関係として放置せず之に制限を加へるが、店舗等家屋を賃借することによつて営業をなし収益を挙げている場合は賃料を制限する必要なしとして、賃料等については当事者間の関係として其の自主的決定に委ねているのである。従つて、一旦倉庫として賃貸された家屋を賃借人自身が無断で改造して其の一部に人が居住出来る様にした場合併用住宅として地代家賃統制令の適用を受けるとすることは、賃借人の場合によつては賃貸借契約の解除原因ともなり得る恣意の改造を不当に保護することになるのみならず、一旦改造して併用住宅としたものを再び改造して元の倉庫にすれば、再び地代家賃統制令の適用がないことになり益々法律関係を複雑ならしめるからである。従つて本件店舗は被告石川の内部構造の変更如何にかかわらず地代、家賃統制令の適用はないというべきである。然し地代家賃統制令の適用を受けないということは、賃料が同令の制限を受けないというだけであつて、賃貸人に恣意の賃料値上を許す趣旨ではなく、租税の負担の増加等合理的理由がある場合にのみ賃料の値上を許すのである。本件においては、原告茂次が、被告槇田に昭和二七年一〇月頃賃料を一カ月金五、〇〇〇円に値上を請求し被告槇田はこれを承諾せず、種々交渉したが纏まらず其のため被告槇田は同月一日より原告に賃料の支払をしていないことは、被告槇田の認めるところであり、被告石川は、本件店舗の賃料は、一カ月金一、二〇〇円が相当である旨述べている。然るに、原告は、被告槇田に要求した賃料一カ月金五、〇〇〇円乃至本訴において請求する賃料一カ月金二、〇〇〇円が相当であるとの合理的根拠について何等立証をしないのであるから、原告等主張の右額が相当賃料であると認めることはできない。しかし、本件店舗は、当初一カ月金八〇〇円で賃貸されていたことは、当事者間に争いがなく、被告石川は、理髪店として本件店舗を使用しているのであるからその賃料は被告石川の認めている一カ月金一、二〇〇円以上のものであると認めるを相当するから、原告等は、少くとも同額の割合による損害を被つているものと認めるを相当とする。そうすると、被告両名は、原告に対し、昭和二七年一一月一日より本件店舗の明渡済に至る迄一カ月金一、二〇〇円の割合による損害金の支払義務があることは明らかであるから、原告等の被告等に対する損害金の支払を求める請求は、以上の範囲において正当として認容し、其の余は失当として棄却する。

仍つて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九二条、第八九条、を仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡野幸之助)

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